平成最後のブログ記事となりました/私の教え子たちとの懇親会

スイス・ドイツにおける約6年間の滞在を終え、愛知県の中部国際空港へ降り立った翌日の朝のことです。
名古屋市中区栄の大通り沿いにある松坂屋デパート前を、腕に喪章をした背広姿の多くの人達が足繁く行き来しているのを目にしました。
近くで葬儀が行われているのだろうとは思ったものの、その人数の多さを異様に感じたものです。
現在であれば、インターネットによって、外国のどこにいても日本の状況をかなり詳しく把握できるでしょうが、当時はそのような手段はありません。
ホテルへ戻り、部屋のテレビを見てその事情が分かりました。
昭和天皇が崩御された日だったのです。

私にとっての平成も、その翌日から始まりました。
平成における30年余りの間、雨風に打たれ、荒波に漂う小舟のように、生きる希望を無くしそうな経験も数多くしましたが、その都度、多くの人たちに励まされ、助けられ、そのおかげで、今も歯科技工士の道一筋を歩むことができています。
自分の持ち家はもちろん、財産というものには恵まれることはありませんでしたが、78歳の年老いた今も、幸せな気持ちでいられるのは、歯科技工士という道を選んだおかげだと思っています。

今は、北京において若い中国の人たちの笑顔に励まされながら、歯科技工士を目指す彼らのために少しでも役に立ちたいと思い、私にできることをしています。

現在、川崎研修センターでは4名の学生が実習生として歯科技工の基礎を学んでいます。
また、臨床部門である川崎工作室では、専門学校を卒業して歯科技工士になった19名が従事しています。
彼らのすべてが、川崎研修センターで歯科技工の基礎を学んだ者たちばかりです。

先週、川崎研修センターで学ぶ実習生や川崎工作室の教え子たちを連れて焼肉を食べに行き、その後、カラオケにも行ってきました。
毎年2~3回ではありますが、このような懇親会を行っています。
私に生きる喜びを与えてくれている若い中国の人たちへの、私からのささやかな感謝の気持ちでもあります。

懇親会は、専門学校の卒業年度別に3回に分けて行いました。
但し、私の助手をしている4名(教育担当の蒋海麗,CAD/CAM担当の張歓、臨床担当の郭暁琴と王鑫麗)については、3回すべてに参加させています。

下の写真はその時のものです。

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この写真で、私の周りにいる4人の女の子たちが私の助手たちです。
私には、自分の子供も孫もいませんが、もしいるとすれば、私の孫もまた、若い彼女らと同じ世代に生きていることでしょう。

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平成の時間も残すところ2時間を切ってしまいました。
やがて来る令和の時代が私にとってどのようなものになるのかわかりませんが、健康で歯科技工士として働き続けることができることを願っています。

皆様にとって、令和が良い時代であることを祈念しつつ、平成最後のブログ記事とさせていただきます。


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