「日本嫌いだった夫の心を溶かした太宰府での出来事」の記事


中国ではすでに春節(日本でいう正月)の長期休暇に入り、北京の川崎研修センターにおける教え子たちもそれぞれの故郷へ帰って行きました。
私も一時帰国し、久しぶりに故郷の福岡へ行ってみることにしました。

私は昭和16年(1941年)の10月に福岡の博多で生を受けました。
その2カ月後に日本軍による真珠湾攻撃が起きて日米開戦に突入しています。
終戦の2カ月前、昭和20年(1945年)6月には福岡大空襲によって、一夜にして福岡の市街地は焼け野原となり、1000人以上の死亡・行方不明者が出たとのことです。
米軍のB29爆撃機から投下される焼夷弾によって焼き出される前に、私の家族も、僅かばかりの身の回りの物をリヤカーに積んで、母の里の太宰府に避難したそうです。
4歳に満たない幼い私には、戦争時における両親や祖母の苦労を知る由もありませんし、その当時の状況の記憶さえ何一つとして残ってはいません。
太宰府には24歳まで住み、私にとって懐かしい故郷となっています。

最近読んだダイヤモンド・オンラインの記事に、私と年齢が近い中国男性の太宰府における体験談がありましたので、皆さんにも読んでいただければと、勝手ながら、添付させていただきました。
ジャーナリストの姫田小夏さんという方の記事によるものです。

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日本嫌いだった夫の
心を溶かした太宰府での出来事


 1940年代生まれ――現在70代の中国人は、日本人に対してかなり用心深い世代だ。上海でも「身内が日本軍の犠牲になった」という家庭は少なくない。上海市閔行区に在住の趙偉峰さん(仮名、70歳)もそのひとり。「日本軍から命からがら逃げた」という親の記憶を語り継がれて育った世代だ。
 その趙さんには、捨てられない“思い出の傘”がある。2017年に日本を訪れた際、ある日本人からもらったビニール傘だ。
「これがそのビニール傘です」と立ち上がって見せてくれた。

プレゼンテーション1.jpg

 趙さんは今、筋肉が硬直して歩行が困難になる難病を患い、苦しい闘病生活を送っている。発声能力もかなり低下してしまった夫に代わって、妻がビニール傘の話をしてくれた。
「2年前、まだ少し歩くことができた夫を連れて、これが最後の旅行と覚悟して日本を訪れました。体への負担を考えて選んだのが、博多と釜山をめぐるクルーズツアーでした。太宰府を観光した際、私の肩につかまりヨロヨロとしか歩けない夫を、どこかの商店の奥さんが見ていたのでしょう。後ろから追いかけてきて、ビニール傘を差し出してくれたのです。『杖の代わりに使って』と、身振り手振りで示してくれました。あわてて財布を取り出して代金を払おうとすると、『いらない、いらない』と手を振って、彼女はそのまま走り去っていきました。その傘を、夫は今なお宝物のように保管しているのです」
 妻によれば、趙さんはそれまで頑なに「日本にだけは行きたくない」と言っていた時期もあったという。だが、この最後の訪日旅行が、趙さんの心の中の“日本人像”を大きく変えた。
 同じ東アジア人で、見た目はそっくり。けれども互いに異なる点がいっぱいある――。私たちが中国人に対して果てしない関心を抱くように、中国人もまた日本人に無関心ではいられない。ときには失望したり、ときには再発見に感動したり。恐らく日本人と中国人はこれを連綿と繰り返す“間柄”なのかもしれない。

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図1
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太宰府天満宮の参道には、その両脇に土産物を売る店や食事ができる茶屋などがびっしりと並んでいます。
この参道を年間850万人以上の参詣者が通ると言われています。
上記事にある「後ろから追いかけてきて、ビニール傘を差し出した」という女性の方は、この参道のどこかの店の方なのかもしれません。

図2
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参道を上り切った所にある大きな石鳥居の下を過ぎるとすぐに、本殿に向かった太鼓橋があります。
本殿へ行くにはこの太鼓橋を渡ります。
私の実家は、この太鼓橋から歩いて2分ほどの所に在りました。
広々とした境内は、私たち子供の頃の自由な遊びの場所でもありました。

図3
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太鼓橋はふたつあり、平らな橋で繋がっています。
池には色とりどりの緋鯉が泳いでいます。

図4
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ふたつ目の太鼓橋を渡り終え、本殿の楼門近くに差し掛かった時、楽しそうに話しながら歩いている和服姿の若い人たちとすれ違いました。
それとなく耳に入る言葉は、日本語ではなく、方言のなまりがかなり強い中国語でした。
春節の長期休暇を利用して、中国から旅行に来た人達なのでしょう。

私が知る限り、中国の若い人たちは日本や日本人に対して憧れや好意を感じている人が多いように思われます。
過去に起きた日中戦争時のことなどは、若い人たちにとっては遠い昔の出来事で、関心はほとんどないようです。
この和服を着た若い中国人の女性たちも、そうなのかもしれません。
だからこそ、旅行者用の貸衣装店で借りた和服を着て、日本人になった雰囲気を味わってみたいと思ったのかもしれません。








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