三好博文先生への返信/スイスのベルン大学留学についての経緯(いきさつ)


ご存知のように、IRV(歯冠空隙閉塞装置)ミリングテクニックはスイスのベルン大学におけるDr.A.Gaernyによって提唱され、開発された技術です。

IRVを応用した臨床ケースの製作に携わるようになった1972年頃より、ベルン大学における臨床現場の情況を自分の目で確かめてみたいという強い思いにかられるようになりました。
ベルン大学では、IRVの複雑な技術が更に進化し、より簡素化された技術で多くの患者に応用されているのではないかと思っていたからです。

しかし、当時のスイスでは、技能系の職種(いわゆるブルーカラー)の者は例え聴講といえども大学で学ぶことは許可されていませんでした。
つまり、例えスイス人であっても、歯科技工士が医学部の歯科補綴学科で医学生と一緒に学ぶことはできない制度となっていたのです。

そこで、何らかの方法でベルン大学へ留学する手立てはないものかと色々調べましたところ、大学生や大学院生でなくとも、国際ロータリー財団の奨学生であれば留学が可能ということがわかりました。

国際ロータリー財団の奨学生は、留学によって専門分野を研究することだけではなく、異国間における国際交流や親善を行うことによってキャリアを築くことを目的とした留学となっていました。

もとより私としては、海外の大学へ留学したという学歴や肩書が欲しいわけではありませんでしたので、どのような方法であっても、また、短期間であったとしても、ベルン大学に在籍できてIRVの現況を知ることができれば、それでよかったのです。

当時、私が受験した国際ロータリー財団の奨学生試験は福岡市で行われましたが、福岡、佐賀、長崎の3県に居住している者が対象となっていました。
受験者のほとんどが大学生か大学院生で、私と一緒に受験した人たちの人数は70名とのことでした。

その前年までは、試験内容は面接が主だったそうですが、私が受験した年から試験内容が変わり、一般常識と社会問題、小論文、日本語による面接、留学希望国の語学による面接がありました。
その試験の結果、英語圏、フランス語圏、イタリー語圏、ドイツ語圏にそれぞれ一人ずつ合格し、私はドイツ語圏で合格した次第です。

試験に合格した他の3人の方々は全て20歳代の大学生や大学院生でしたが、私の場合はすでに39歳になっていました。
歯科技工士という専門職を備えた社会人でもあったため、他の受験者の方々より特別に考慮されて合格したのではないかと思っています。

私の場合は、国際ロータリー財団の奨学生試験に合格した外国人留学生であること、さらに、ベルン大学で開発されたIRVが研究目的であることから、ベルン大学医学部歯科補綴学科への留学を特別に許可された次第です。

また、私の担当教授であったA.H.Geering教授の奥様が、IRVを提唱し開発したDr.A.Gearnyの実の娘にあたる方であったという偶然も幸いしたようです。

さらに、担当教授のA.H.Geering教授がチューリッヒ大学のA.Gerber教授の愛弟子であったことも私にとって幸いでした。
A.Gerber教授は、1976年に開催された第一回国際歯科技工学術大会のテクニカルコンテストにおいて審査員長をされた方です。
有り難いことに、A.Gerber教授は私のことを覚えておられてA.H.Geering教授に私に関する情報を提供いただいたそうです。

そのような様々なことが関連したことによって、私のベルン大学留学に関する全てのことが良い方向に導かれて実現したように思っています。

図1
国際ロータリー財団の奨学生として認定された国際ロータリー財団による証明書です。

IMG_0697.JPG

図2
スイスのベルン大学への留学を認定された国際ロータリー財団による学生証です。

IMG_0699d.jpg


国際ロータリー財団の奨学生試験に合格した後、自宅兼ラボを売却し、留学費用や生活費を捻出し、当時の妻と共にスイスに旅立ったのは2年後の1983年、41歳のときでした。


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